腕を掴まれて、肩を壁に押し付けられる。顔が近いと思ったら、息を吸う間も与えずに距離を詰められ、口づけられていた。
唇と唇が触れていた時間はとても短かった。本当に、触れるだけ。お互いの顔と顔が離れていく時間のほうが、とてつもなく長く感じられるほどの、刹那の出来事。仁王の、いつも冷たいと感じる体温が残した感触だけが肌に残った。
私はあなたが、いつも何を考えているのかわかりません。そう言ったら、知られたくないからのう、と言われた。言って口の両端を吊り上げて笑みを浮かべ、仁王は柳生の腕を離した。
「知られたら、困る」
離れた手は頬に触れて、撫でるように首筋へ滑る。人差し指と中指に少しばかり力をこめてうなじを撫で上げられ、背筋にぞくりと寒気が走った。くっと奥歯を噛みしめて顔を背ければ、追うようにして仁王が首筋に顔を埋める。
「比呂士は、なんも気づかなくていいんよ」
「……理不尽すぎはしませんか」
そうかもしれんと、笑った気配。
理解は幸福ではないと詐欺師が呟きを漏らしたのは、いつのことだっただろう。
理解されることは幸せには繋がらない。理解することでは幸せにはできない。
理解することに意味はないと言ったのは、誰だったか。
彼と、己と。心の行く末というものをときどき考える。考えて考えて、つまらないところで行き詰っては消去する。どう考えようと、目に見えないものの行く末など自分にわかるはずはないのだ。目に見えるものの行く末とて曖昧だというのに。誰それの心はこのルートを辿ってあそこへ行きました、誰かれの心はあちらのルートでそちらに留まっています、そんなふうにわかるのなら安心であるし、確固たる場所も見えよう。しかし、ありえないことなのだから仕方がない。過去も未来もおなじ線上に並んでいるのだから、飛び越えることもできはしない。できるのはただ、闇雲に想像することだけだ。想像し考え、消去することの繰り返ししか、自分には残されていないのだろう。
「それでも、」
耳に彼の吐息がかかり、柳生はそうっと彼の背中に腕をまわした。
「私は、あなたのことを知りたいのですよ」
仁王が顔を上げたのと同時に柳生は彼の冷たい頬を両手で包み込み、額を彼の額に押しあてた。視界には彼の瞳だけがあり、その瞳には自分の睫毛がうつっているのが見え、その睫毛を三秒見つめてから、柳生は瞼を閉じたのだった。



確かに霞むココロに、