嬉しげに揺れる




気分転換に、と笑いながら長太郎は宍戸の手をひいて、その先に大海原が広がっているかのように遠くを指差した。もちろん彼の指さすその先に海は広がっておらず、そちらの方向にあるのかも疑わしい。見えるのはくすんだ白い壁の校舎と、憎らしいばかりに煌々と輝く太陽を掲げた青空。
捻られたままの蛇口からは水がざぁざぁと流れ、洗ったまま拭いてもいない長太郎の顔からは水滴が滴っている。だらしがねぇなと水飲み場の上に置かれたタオルを渡せばありがとうございますと律儀にお礼を言い、ねぇ海に行きましょうよと、まだ顔を拭かずに宍戸を誘った。それに宍戸は苦笑し握られていないほうの腕を伸ばして彼の顔を拭ってやり、そのうちな、と答えた。海に行くことがなんの気分転換になるのかと思ったし、それよりは練習をしたいという欲求がはるかに勝っていた。正直なところ、めんどくさいと喉元まで出かかったことは言うまでもない。
今日ではなくて?少し残念そうに見返してくる長太郎の手をやんわりと解いて、そう、そのうち、と答える。今日は帰りにおつかい行かなきゃなんねぇんだ、と嘘までついて。そうまでして断らなければならない理由はあるはずもないのに。気分転換というからには、自分はかなり煮詰まっているように見えるのだろうか。激ダサだぜと胸中で呟き、その話は終わりだというようにコートへと足を向けた。数瞬と間を開けずに背後から追いかけてくる気配。
「そのうちって、いつですか?」
「そうだなぁ……」
二歩の距離が一歩に縮まり、隣に並ぶ。少し首をひねるようにして見上げた長太郎の顔は、逆光に遮られ表情が伺えない。それでも宍戸の返答を期待している様子なのは、なんとなく察知できて、あまり気は進まねぇんだけどと宍戸は言葉を詰まらせる。
「次の休み、とか……」
少しだけ歩調を速めて長太郎の半歩先に立ち、そこから彼を見上げた。
宍戸の言葉が終わらぬうちに、ぱっと顔を輝かせて、長太郎は笑う。

「それじゃ、次の休みに」

あまりに嬉しそうに笑うものだから。面倒くさいという思いもどこかへ掻き消えて。気がつけば、晴れるといいなと笑っている自分がいた。




しっぽが見えた