おまえの髪の色は嫌いじゃないと、おもむろに高杉は呟いた。銀時は泥に浸った顔はそのままに目線だけを高杉に向けたが、何をいきなり、とは言わない。人を斬ったばかりで鈍重な体で会話をするのが面倒くさかったのもあるし、彼が唐突に話題をふっかけてくることは、さして珍しいことでもなかったからだ。
よっこらせと年寄りくさいかけ声をついて体を起こすと、ざりざりと耳障りな音をたてて銀時との距離を縮めてくる。疲れているのならわざわざ動くこともないのにと銀時が半ば呆れて彼の動きを見ていると、その視線を絡めとった常闇色の瞳が歪んだ。それが、彼が笑ったのだと認識するのに、およそ二秒ほど。その時には高杉は銀時のすぐ傍らに膝をついていて、手を伸ばせば届く距離にいた。
やはり疲労が限界に近づいているのか、荒い息を吐いてその場に横たわる。並んで向かい合うような状況になり、真正面にある高杉の顔からなんとなく視線をそらせなくなってしまった。
高杉の目――もう潰れてしまった左目を覆う包帯に、じんわりと赤い染みができている。傷が開いたのか、返り血か。どちらにしろ、ただでさえ不衛生な布がさらに汚れてしまったことに変わりない。
だからまだ出てくるなと止めたのに……。せめて頬にこびりつく黒く固まった血糊を落としてやろうと腕を伸ばそうとして、やめた。
中途半端に伸ばされ、ぱたりと地面に落ちた手を訝しげに見やり、高杉は、どうした、と銀時に問う。別にぃ、なんでもないよ。口を動かすと地面に肌がこすれてちりちり痛んだが、もはや体のどの部位も動かすのは億劫だった。高杉と己との間に置かれた手を自分のもとへ引き寄せようとするもやはり力が入らず、せめてと手の平を握り締める。しかしその動作は逆効果だったようで、あぁ、と高杉は得心したように声で頷いた。知れてしまっては誤魔化すのも馬鹿らしく、すると手の平にこめた力はふっと溶けてしまった。
力なく開かれた手は、高杉の頬よりもずっと、黒い。
へらりと銀時はだらしなく口元の力を抜く。それがいつものアホっぽい笑みになっていたかは、分からないが。 銀時の黒ずんだ手を見て、銀時の目を見て、高杉はしかし笑った。見ていてあまり気持ちの良い笑顔ではない。が、銀時はもう見慣れてしまった笑みだ。 今度は高杉のほうから手を伸ばしてきた。動きは緩慢だが、迷いはない。

「髪」
「あ?」

銀時の銀糸の髪に、高杉の手が触れる。彼の手の平も指も銀時と同じように黒ずんでいたが、彼は気にすることなく銀時の髪に触れる。銀時もそれを咎めるつもりはない。触れることに躊躇ったものの己が汚れることにはお構いなしな人間だった。そもそも、銀時の衣服が血で汚れることが、そう滅多にあることではない。

「おまえの髪の色、やっぱり、いいな」
「………小さい頃は、変な色って言っていじめやがったくせに」
「だって変な色じゃねえか」

どっちだよ。呆れ問う視線に高杉は笑う。だってよ、と嬉しそうな口調とは裏腹に彼の瞳の色はひどく痛ましげに、銀時の目には映った。

「血の赤が、こんなに映えるなんてよぉ」

いい色だ。
そう繰り返し嗤う高杉に、あぁなるほどねぇと銀時もまた笑った。