口に出して言ったことはないが、高杉には最近、どうしても気になるものがあった。
桂も同じものをそれなりに気にしているようで、時々二人して同じものを目線で追ったりしている。ふと隣を見ればお互いの視線が合ったりしてしまって、そんな時は何ともいえない気まずさがあった。
どうしてそれの動きを眼で追ってしまうのだろうと疑問に思いながら、高杉は今日もそれの姿を探した。

あの、白くてふわふわした生き物を。






穏やかな風が吹いた。梢がさわさわと揺れ動き、新緑の葉の合間から穏やかな日差しが差し込む。ちかちかとまばゆい光に眼を細め、高杉は木々の幹を見回す。
そうしていると、ちらちらと揺れる白いものが見えた。


「銀時」
「んー?」
「先生が呼んでる。降りろ」
「んー」


返事はするが上の空といった様子で、枝から降りようとはしない。高杉は顔を顰めた。彼にとって先生の言葉が何より優先されるべきことなのだ。銀時を呼んできてほしいと頼まれたからこうして仕方なしに探しにきたわけで、彼をつれてさっさと松陽のところに戻りたくてたまらなかった。
ゆらりゆらりと揺れる白い脚は、高杉が背伸びをしてめいいっぱい腕を伸ばせば届く位置に揺れている。高杉はぴょんと飛び上がってその脚をぱちんと叩いた。


「早くしろよ。俺、帰るぞ」
「待って。あとちょっとだけ」


なんでだよ。問うた声には、なんでも、という答えで返される。高杉はイラついてざりざりと土を踏んだ。


「菓子、くれるかもしれないぜ。遅いと無くなるかも」
「えー」
「無くなって悲しいのはおまえだろ」


だから降りて来い。
もう一度飛び跳ねて、今度は思い切り銀時の脚を叩いてやった。痛いと不満の声が上がる。痛くしてんだよ。高杉は鼻を鳴らして再びジャンプしたが、触れようとした手は今度はするりとかわされてしまった。
白い脚をぶらぶらと交差させて、しょーがないなぁと銀時は残念そうに呟く。
その手が樹の幹を軽く押した。小柄な体が宙に浮く。
何の前触れもなくいきなり真上から降ってこられた高杉は眼を見開くが、どんな魔法を使ったのか銀時は高杉の上に振ってくることはなく、一歩半ほど離れた位置に降り立った。すとんとつま先を地面につけた銀時は高杉を振り返り手を差し出す。先生のとこに行こうと微笑む。高杉はその白い手を取って握り返した。


「おまえ身軽なんだな」
「そーなの?」
「なんか、下手すりゃおとなの頭の上とか、ぽーんと飛び越せそうだな」
「んなの無理だって」
「けど、今降りるとき、どこも傷めなかっただろ」
「あんぐらいなら、誰だって簡単だよ」


握り合った手をぶんぶんと勢いよく回す。勢いが良すぎて止めようにも止まらなくなり糸が引きちぎれたようにお互いの手がぶちんと離れた。それはもう気持ちいいくらいに、ぶちんと。それでも二人はめげずにまた手を繋ぎ、今度は控えめに手をぶらぶらさせる。その動きに合わせて地面を踏む足もリズムを取り始めていたりするのだが、こども二人は気付かない。高杉は「誰だって簡単だ」と言った銀時の言葉に戸惑いながら、隣の銀時が空を見上げて歩くものだから頭が後ろに倒れないように心配するのに忙しかったし、その銀時といえば、空を見上げながら「やっぱあそこからのが綺麗だなぁ」と呟きを漏らしている。


「なにを見てたんだ」
「きれいなの」
「なにそれ」
「だから、なんかこー、きれいなものを見てた」


意味がわからないと首を捻った高杉に俺もよくわかんねぇんだけどと銀時は笑い、なら今度一緒に探してみようぜと約束した。


「いいけど俺、木登りは苦手なんだよ」
「手伝ってやるよ」
「いらねえ」



松陽のいる小屋へと続く道の先で、桂がこちらへ歩いてくるのが見えた。遅い二人を呼びに行ってくれるよう頼まれたのだろうか。高杉と銀時が繋がっていないほうの手を振ると立ち止まり、小さく溜息をつく。その溜息の意味が分からず二人は顔を見合わせるが、まぁどうでもいいかと前を見て、それからちょっと駆け足で桂のもとへ走った。