縁側に猫がまるまっているのを見つけた。長っひょろい手足をぎゅっと縮めて、窮屈な体勢で気持ちよさそうに眠っている。
空模様は快晴。薄い水色の空が山々の向こうにまで広がっており、ちぎって投げたような雲がぽつりぽつりと漂っている。差し込む陽光は穏やかだった。まどろみを誘うにはもってこいの気候。猫にしてみても絶好の昼寝日和なのだろう。しかし、その和やかともいえる一角の光景が、高杉には不愉快であった。あまりに幸せそうな表情に見えたからかもしれない。どうしていつもこんなに呑気でいられるのかと、安穏を愛する猫にとっては理不尽極まりない苛立ちが首をもたげる。それは己のゆとりの無さに起因するわがままの類であることにすぐ気が付いたが、気付いたからといって容易く退けるものでもない。高杉は猫に近寄った。
白く柔らかな毛が風にそよそよと吹かれている。伏せられた睫毛が影を作り、異質だと罵られ畏怖される造形をより強調していた。他の者達とは一線を画したその色の白さ。指先が触れかすかに感じた温もりは虚構ではないのだろうかと、まるで死人を前にしているようだと高杉は凶暴とも思える笑みを布いた。
猫の細い首に手を伸ばす。片手では足らず、両手では余る。体温は思っていたより低く、脈がなければ死んでいるのかと疑ってしまうほどに気配がない。ならば、本当にこのまま殺してしまおうかと不埒な考えが脳裡を過ぎり、指先に籠めた力が強くなった。
その時になって、高杉はあれ?と首を傾げた。そーいやこいつが横になって寝てるのを見るのは初めてじゃねえか?
首から手を放してやり、高杉は猫の頬に軽く手の平で触れた。一の字に結ばれた唇がむぐむぐと動いただけで、起きる気配はない。珍しいこともあるものだ。胸の内にまだ燻る苛立ちはあったが猫を害するほどのものでもなくなり、高杉は猫の銀糸を軽く引っ張っては梳いた。肌に触れているわけでもないのに心地良いとでもいうのか、筋肉が弛緩し腕の中に抱えていたものが床板に当たってカタリと音を立てた。
頬をすり寄せるように抱えるその胸元には黒塗りの大刀。猫が幼い頃から共にしてきたものであり、片時も放さずその腕にある。
何とはなしに、高杉はその大刀に触れた。
そして反転する視界。
「……………高杉か」
見れば高杉は天井を見上げるようにして床に組み付されていた。彼の上に跨った猫は危機感からは程遠い視線で彼を認めるや、興味を失ったように掴んでいた高杉の上からどく。
あまりの素早さに呆気に取られた高杉を他所に、猫は再びごろりと横になった。
「……侘びのひとつもねえのか」
「寝込みを襲おうとするのが悪ぃ」
「襲ってねえよ」
むしろ、襲った時こそ銀時は目を覚まさなかったというのに。消失しかけていた苛立ちが再び沸き起こる。
「てめぇを見ると俺ぁ腹が立ってならねえ。特にそのマヌケ面」
「見なきゃいいじゃん俺のこと」
「そう思っても見ちまうんだよ。白いのは何処行ったってな」
「わー熱烈な告白をありがとう。うざ」
徒爾な会話はそれ以上続かなかった。もともと言葉交わすことの少ない二人だ。幼少時からの付き合いとはいえ親しい間柄でもない。共通の話題などあるはずがなく、面倒臭いと互いにさっさと切り替えてしまったようだ。
暫くして傍らから聞こえてきた小さな寝息に、高杉は侮蔑を込めた視線を投げた。これほどの距離にいて、一度は眼を覚ましながら、なぜそうも容易く警戒を解いて眠ることができるのか。他の者とは何かが違うと思っていたが、それはただの色が白いという理由だけだったのだろうか。
(…なんか、納得いかねえ)
猫は、気紛れで奔放な猫でしかない。しかし高杉はその事実を認めたくなかった。
(そもそもこいつぁ、なんで猫なんだ?)
もう一度、大刀に触れようとして、やめる。猫を起こすことを避けたのではなく、次は起きないだろうという漠然とした予感があったのだ。
「…………ばーか」
もうわけわかんねぇよ。高杉にしては珍しく考えることを諦めて、そのまま猫と同じように眼を閉じた。
数刻して同じく馴染みの桂が寄り添って眠る二人を見つけ、仲が良いとは意外だという感想を後々貰うのだが、それはまた別の日のこと。
触れれば痛みを与える氷塊のように凛然たる立居で存在し、常闇に茫と浮かび上がるような白を纏った夜叉と出会う前の、ちょっとした出来事。