「あ、流れ星」


藍色の夜空に、星が走った。



「ねえ銀ちゃん!今わたし、流れ星を見たアルよ!」
「マジか。そいつは良かったじゃなぇえか。お願い事は3回言えましたか〜?」
「もちろん、ちゃんと願ったアルよ。あのムカつく野郎を殺してくれって」
「おいおいおいおい、ずいぶん物騒なお子様ですこと!」
夜空を見上げていた神楽が窓から身を乗り出して、もっと降らないかなあと空を仰ぐ。流れ星を見たがる理由はきっと物欲まみれなものなのだろうけれどそれですら微笑ましいことだとと思ってしまうのは、流れ星の奇跡を信じられなくなる歳になったせいか。
「新八はなんかお願いしねーのか?」
「星に願ってお金が降ってくるなら何百回でも願ってやりますよ」
「かっわいくねーガキ」
けど現実的で正しい。天人が地球へ降りてくる前、天空に輝く太陽以上に人間は星に夢を抱いていた。しかし刻の流れは時として残酷な現実を人に突きつける。決して地上に光を照らさない星々は宇宙に浮かぶただ鉱物の塊に過ぎず、地上を這いずって生きるしかない人間にはどうでもいい話。季節によって見えるものが変わり、時期によっては「わー綺麗だね」と見上げて感心される程度の認識。太陽が沈めば星が昇る、ただそれだけ。

(   だけど、)
流れ星の煌きを思い出そうと胸の内で何かが疼いたのは、気のせいだろうか?

「銀さんこそ珍しいですね」
「あ?」
「いつもなら『そんなのくだらねぇ』って、銀さんの方こそ言いそうなのに」
「…かもねぇ」

返事がうやむやになったものだから新八が「銀さん?」と顔を覗き込んでくる。銀時はなんでもないというように笑い、こっそり追懐にひたることにした。
星が降るたびに幸せが増える。そんな御伽噺をしたのは誰だったか。
些細なことですら覚えている自分の女々しさも、捨てたもんじゃないかもしれない。



+ + + + + +



あ、と嬉しそうに弾んだ声がしたものだから、うとうとしだした瞼を上げてどうしたと横を見る。坂本は空をまっすぐ指差して、
「金時、星が死んだぜよ」
「ぎ・ん・と・き! お前バカだろ。星が死ぬわけねーじゃん」
「いやいや、流れ星っちゅうのはな、星が死ぬんじゃ。おんし今、星の最期を見てやらんかったのか?あがーに綺麗じゃったがやき」
「星が流れるみたいにこう空を走ってくから流れ星っつーんだろ?なんで死ぬって分かるんだよ」
「天人の商人が話してくれたんじゃ」
思わず、ぽっかりと口が開いた。坂本はしまったというように身をこわばらせたのも一瞬、高杉には黙っていてくれと銀時に向かって頭を下げた。桂はいいのかと聞けば、あいつはもうワシが天人を嫌ってないことを知っちゅう、という返事。ああそうですか。
   その商人は、なんて話をしたんだ?」
お前がワシの話を聞いてくれるのは珍しいなと坂本は笑い、話をした。それは戦場で聞くには場違いな、とても甘美な夢を聞くようなものだった。


     空の向こう、ずっーと高いところに宇宙は広がっちゅう。宇宙にゃこの地球くらいの大きさの星もあれば、何百倍もでかいものや逆にちっこいものが、数え切れんばああるそうだ。星は一定の動きをするき天の動きを読む人間がおるのはおぬしも知っちゅうろう。けどな、中にゃ自由気ままに動く星っちゅうものもおるそうだ。そいつは誰も知らんうちにぽっといきなり現れて、目的も無いがやき宇宙のなかを走りまう。もけんどたら遠い何処かにゃ星のいぬる場所なんかがあるのかもしれんが、誰も知らん。その道すがら、自分の体がぼろぼろと落として行くそうだ。その零れ落ちた星の欠片がな、地球の周りにある、こいつは空気とは違って大気らぁゆうにかぁーらんんけんど、とにかく大気にぶつかると、熱で燃えてしまうそうだ。時にゃ欠片じゃのうて星そのがが燃えることもあるとゆうちょったが。
     だから星が死ぬっていうことか。
     そういうことぜよ。大気で燃える星は、ずっとずーっと低いところにおるワシらには見えん。けど、その星が燃えていく光だけは見える……なかなかロマンチックだとは思わんか。
     思わねーよ。


お前って見た目に反してロマンチストだよな。慣れない外来語を使って坂本を笑ってやる。見た目って、それはどーいうことじゃ。坂本は顔を顰めた。だってお前、人相わりーもん。追い討ちをかければ彼はしょんぼりと項垂れた。
けれど内心では、悪くない話だと思ってしまい、実は自分もロマンチストでありそうな予感がしたからバカみたいな話だと笑ってやったのだ。
「のう金時」
「あ、なんかもう、どーでも良くなってきたかも」
「ワシら人間も、あの流れ星のようなものじゃのう」
ごろりと瓦屋根に寝転ぶ。気をつけないと下まで転がり落ちるが、そこのところは慣れたもの。馬鹿は高い所が好きとか聞くが案外当たっているかもしれない。二人が揃うとよく屋根に上るのだ。
坂本の横に銀時も並んで横たわる。手で掴み取ることなんか出来ないとわかっているのに、つい手を伸ばしたくなるのはどうしてだろう。
「なんの目的も無いのにこうして生まれてきて、そしてぼろぼろになってまで生きて、数人の目にしか触れんで最期の時を終えるんじゃ   似てるやお?」
そう言い方をされるのなら、そういう見方もあるのだろう。銀時は曖昧に頷いた。
人が生まれる目的の有無も生き方も、死に方も、人それぞれだ。中には誰かに望まれて誰かのために生まれた人間もいるだろうし、大勢の人に看取られる者もいる。
けれど少なくとも今ここには、なんの目的も無いのに生まれてしまい、戦でしか生きられず、そして何者かの刃に首を落とされる、そんな人間しかいない。少し寂しいかな?と自問自答してみて、アホくさ、という返事がすぐに返ってきた。
「俺も、流れ星なわけ?」
「それも、とびっきりでかいヤツじゃな」
腕を伸ばして星を掴むふりをしてみる。実際には手の平の中には何も納まっていないけれど、握りこんだ手に坂本は触れた。
「燃える星のなかにゃ、燃えきらずに地面に落ちてくるものもあるのだと。おんしはそれちや。でっかい光になったまま、こちらへ突っ込きくる。そして目の前にでっかい幸せを落としていくんじゃな」
ぐいと手を胸元まで引っ張られる。心臓の上に置かれて、ドクドクと鼓動が響いてきた。
「星が降るたびに幸せが増える。そんな気がするじゃろ?やき、おぬしはでっかい流れ星なんじゃ。   ワシらの心臓に、幸せっちゅうもんを運んでくれた男じゃからな」



+ + + + +



今思うと。否、恐らくはあの時も思ったはずなのだが、坂本は現実的なものを好む男でありながら必要以上にロマンチストだった。そして女に使う口説き文句を平然と銀時に使ったりして、にこにこ笑いながら優しい言葉を囁く男だった。
     あの時も、)
とても嬉しかったのだ。自分は。
人を斬るしかできない自分が、彼に幸せを持ってきたのだと言われて。どんな幸せをもたらせたのか分からないしそれが事実かも確かめようがないが、彼のその言葉に自分は確かに癒されたのだ。嘘でも虚偽でも、そう言ってくれる存在が隣にいたことに、ひどく歓喜したのを覚えている。
「あ〜やべぇ……」
「銀さん?具合でも悪いんですか?」
「いや。どこも悪くねぇよ…………ただちょっと、逢いたいヤツがいてさ」
「へ?」
今でも、自分が彼に幸せを落とせるような人間とは思えない。それでも、あの時抱いた気持ちを彼に伝えるくらいのことは、できるはずだから。
(会いたいなぁ……)


     でかい流れ星はお前の方だったよ。
そう言ったなら、彼がにこりと笑う姿が見えた気がした。