土方が眠る姿を見るのは、珍しいことでもない。夜勤明けのときとか何週間何ヶ月とヤマを追っていた後とか、そんなに疲れているなら来なきゃいいのにと銀時が思うほどの色濃い疲労を携えて、土方は土産を片手に万事屋の扉を叩くのだ。銀時に土産を渡して時にはひとつふたつ口付けを交わして、そしてソファにふらりと横になって熟睡、なんてことは二度三度のことではない。そういう時は大抵何をしても眼を覚まさなくて、ある時なんかは神楽に落書きを顔に描かれそうになったこともあるぐらいで。
鬼の副長ともあろう人間が、こうも他人を信用していいものなのだろうか。疑問を抱いたこともあるが、それを言ったらおかしなものでも見るような目で見られて「おまえが守ってくれんだからいいじゃねーか」とチンプンカンプンな返事を貰ってしまった。なんですかそれは。誰かに寝込みを襲われそうになっても恋人である俺が守ってくれるからって、そういう意味ですか。
(俺に襲われるって、そうは思わねえのかよ)
まあ実際そんなことは考えていないのだけれど。それにしたって、ちょっと無防備すぎやしないだろうか。ソファに横たわる土方の上によいしょと跨る。大人二人分の重さにソファが軋んだ。

自分のことを信頼してくれるなんて、嬉しい   なんて感情は、あいにく銀時は持ち合わせていない。
そして彼から寄せられる信頼に応えてやる気も、さらさら無かった。

かっちり締められたスカーフをとき、ボタンをぷつぷつ外していく。相手の服を脱がせていくのは面倒だけど嫌いじゃない。お互いの熱をぶつけあうように抱くときはそうも言っていられないが、遊び気分で触れる分には、それまでの過程が楽しくすらある。
肌蹴た胸元に指が触れる。思ったより高い体温に、低体温な自分の指先がじんとした。鎖骨に沿ってつと指を這わせて、喉仏を通って顔の輪郭をなぞる。
綺麗な顔だなぁと思う。薄い唇は寝ている間すらしかと結ばれていて、伏せられた睫毛の長さは女性と比べても引けをとらないくらいだ。普段はお互いの容姿についてあれこれ考えることもないが、こうして物言わない彼をじっくり眺めると、己が面食いであることを意識させられた。どんなに控えめに評価しようとしても、やはりカッコいいと思ってしまう   同じ男から見てもかっこいいと思える精悍な顔つきは、彼の気性にも現れている。決して本人を前に口にはしないけれど、ふと見つめた先にある顔に見惚れることは、よくあるのだ。実は。
(まだ起きねえのかよ)
彼が万事屋の玄関を跨いでから、既に一刻半ほどの時間が経っている。疲れているのだから仕方がないという気持ちはあるが、その間ずっと放置状態の自分の身にもなれと言いたい。鴉の濡れ羽色の髪を手で流すように触っても当たり前のように起きなかった。起こしてやろうとは思っていない。でも起きて欲しいというのが正直な気持ち。

「……襲っちまうぞコノヤロー」

時計の秒針の音と、時折外から聞こえてくる人の声だけが響くこの空間が銀時の心臓を大きく鼓動させていた。
ああクソ。めんどくせー。いっそのこと、本当に襲ってしまおうか。肌蹴た胸板に今度は指先といわず手の平全体をぺたりと置いた。手の冷たさには自信があった。が、その冷たさは不快とばかりに少しだけ体が揺れただけ。
邪魔になる横髪を耳にかけて、瞳を閉じて。




近づいた唇は遠くなって、ため息だけが出ていった。もう一度土方を見ても、同じリズムの呼吸を繰り返すだけで、ますます自分が悔しくなる。

「やんねーんのか?」

見下ろした先の土方の顔は寝起きにしては冴えていて、嫌味なくらい口元を歪ませた顔で銀時を見ていた。

「してくれても良かったのんだがな。チューでもそれ以上でも」
「慎み深い人間なので」
「日本人なら日本語ぐらい正しく使えや。誰が慎み深いだって?」
「俺」
「ざけんな。この脱がされかけた服は誰の仕業だコラ」

ぐいと引かれた腕に銀時は何の抵抗もせず、近づいた土方の顔だけをただ見ていた。やっぱり寝ている顔を眺めるだけよりも、こうして自分を見つめてくる苛烈な視線のほうがずっと心地よい。今度は何の躊躇いもなく銀時は土方の唇に吸い付いた。

「冷てぇな」
「放置プレイされてたからね」

責任持ってあっためてくれる?
まかせろというように笑みの形に歪められた唇が目元に触れる。頬を包む手は酷く優しく、重なる熱は酷く熱い。
押し倒され感じる部屋の冷たさよりも、土方の瞳の熱さの方が確かに強かった。