強さってなんだろう。強いってどういうこと。
そういうことを真面目に考えようとした時期があった。少なくとも刀を振り回して血の雨を降らせることが強さに直結するはずもないことは知っていたから。どうして知っているの、と言われると、それはそれでとても困るのだけれど。あえて理由を言うなら、刀を振り回して人を斬って殺すことに、俺より上手な人はそういなかった。そして俺は自分が強くなんかないことを漠然としかし確信を持って知っていた。そんなとこ。
すれ違った仲間を呼び止めて、何人かにそのふざけた質問をぶつけてみた。相手はちょっと困ったような顔を浮かべたり人によっては笑いながら、それは貴方のことじゃないですか、貴方はとても強い人です。なんて言ったりする。しかし俺は自分が強くないことを知っている。ああそう、と呟いて、また別のところへぶらりと移動。言っておくけど、俺は強くなんかなから、誤解しないでね。そう言ったら誰かが怒り出したこともあった。
強いひとって、どういうこと。強さって、どんなもの。そんな疑問が頭の中をぐるぐるとループしていた。
そんな時、前方25メートル先に、見知ったロンゲが見えた。ちょうどいいや、あいつにも聞いてみよう。さくさくと草の根を分けて進む。が、ヅラが何をしているのかに気づくと、足も止まる。
ずらりと並んだ、木の杭だけで作られた簡素な墓。
引き返そう。ぐるりと百八十度方向転換したのだが、「なにか用か、銀時」 と向こうから声をかけられた。振り返ってみればヅラもこちらを見ていて、視線がばっちり合ってしまった。その瞳の奥になにを思っているのか、俺は咄嗟に探ろうとしてしまう。ヅラは泣いてなんかないしいつものすました顔でいたけれど、墓前だと自分はどうしても臆病になるのだ。さっさと逃げたくて、うんまぁ用ってほどのことじゃないんだ、そう言ってサヨナラしようとしたのに、その俺を遮って「また空の墓が増えてしまった」 とヅラが笑った。とはいっても、それは苦笑しようとして失敗したような笑い方だった。
そろりと一歩、墓に近づく。武士は幽霊にならないという。だから彼らを怖がっているわけでは断じてない。
ただ、この中に何人、自分が手がけた仲間がいるのかと思うと、どうしようもなくなるのだ。殺そうとしたわけじゃないのに、振り返りざま斬り込んだら仲間だったなんてことが、ほんのたまにあったりするのだ。だから墓のある場所は嫌いだ。空の墓なんかは特に。

「…………我々にもっと力があれば」

ヅラの呟きに、そうだな、と頷いておく。だけど心の中では、どうして、何のために、と俺はヅラを否定していた。
力は何にもならないのだ。もう自分たちは幕府に人に世界に捨てられてしまった。世の中には流れがある。それに乗ることができて初めて人が持つ力は大衆に向けることができるのだ。今この時勢では、俺たちが力を持ったところでそれはただの人殺しの道具にしかならない。
ああ本当に。強さってなんだろう。強いってどういうこと。力が強さではないのなら、なにを強さと言えばいい。どうすれば強いものになれるのか。

「強くなるには、どうすればいい」

少しだけ戸惑ったように眉間の皺を一本増やし、分からない。とヅラはそっと呟いた。
力があることと、強いってことは、似ているようで違う気がする。
力があれば仲間を救えたのか。そんなわけがない。仲間を殺したのは力ではなくて、世の中の流れと仲間であった自分たちだ。
では、強さがあれば仲間を殺さずにすんだのか。それこそ有りえないのではないだろうか。もし本当の強さを持った強い人間がいたら、そんなヤツはとうの昔に死んでいると思うのだ。
    なぜ?

「皆のところへ戻ろう、銀時」

ヅラが墓から離れていく。長く伸ばされた髪がきれいに翻ってつい視線で追う。そうしてからその後ろに俺も付いていった。さくさくさくさく。足を進めるたびに伸びた雑草が踏み潰される。尖った先が甲に当たってむず痒い。

「なあ桂」
「強くなる方法など、俺にも分からんよ」
「強い人間は、早く死んでしまうような気がする」

ヅラの足が止まる。今度は俺を振り返らないで、なぜ、とただ一言問うた。
正直、よくわからないけれど。

「俺たちが戦うのは、俺たちが弱いからだろう?本当に強いやつなんか此処にはいない。だけど、強いやつがどこかにいないと弱い俺たちは戦おうとしなかった。だから本当に強いやつらは死んでしまって、力のあるものに対して弱い俺たちは莫迦みたいに刀を振り回してるだけなんだ」

莫迦みたいに、を強調すると桂が怒ったように振り返った。

「違うだろうか」
「……戯けたことを」
「そうか。違うか」

少しは答えに近づいた気がしたのだが。だけど桂のそんな表情を見ると、そんなものが答えであってほしくない気がしてしまった。

「なあ桂。俺は、お前から見た俺は、強いか」

なにを莫迦なことを。重い溜息と共に投げやりに吐き出し、何処か苦々しそうに浮かべた表情のまま、

      ここに居る誰よりも、強いものだと思っている」



では、俺は強くなるしかないのか。
仲間のところへ戻る桂の後姿を見送りながら、もう一度、答えにたどり着きそうに無い疑問を繰り返した。