やっぱ病気かな……。
なんとなく布団を被りたい気分になったけれど見張り番の自分には布団がなくて、仕方なく薄汚れた羽織を頭から被る。黄ばんだ畳にごろりと転がってうつ伏せになると目元にじわじわと熱いものが広がっていく。
最初にこれが起こったのはいつなのか覚えていないけれど、どこがおかしくなったのかなんでもない時に涙が溢れて止まらない。前兆もなく出てくるもんだから困る。ずっと昔に本気で泣いていた時のように嗚咽は込み上げてこなくて、それだけが救いだと思う。こんなとこ誰にも見せられないし、見せたくない。
うつ伏したまま吐息して、どうにかならないかと考えるが自分の意志じゃどう頑張ってみてもどうにもならなくて自然に止まるのを待つしかない。
(早く止まってくれ……)
もうすぐ朝になるから。そしたら皆が起き出すから。
目を閉じてぼんやりとしながら、どうか気づかれませんようにと誰にともなく祈ってみる。
神さまも仏さまも信じてないから、誰にも届くことのない祈りだけど。
「おはよう」
「おー」
起きだした仲間と挨拶をして、見張り番をしていたはずの仲間が居るべき場所にいないことに首を傾げた。通りかかった仲間に彼が何処にいるのかを尋ねると、眠いから寝ると言って何処かへ行ってしまいましたよと言われた。
帰るべき家というものがない自分たちにも一応それぞれの部屋は割り当てられているが、何時何事が起こるか分からない今の状況ではそう落ち着ける場所でもない。何処かへ行った、ということは彼は自室にはいないのだろう。そうなると彼の行きそうな場所は限られているわけで、坂本はとりあえず庭へ出た。
思ったとおりというか、家の屋根に梯子が掛かっていて、その隣から白い脚がひょっこり覗いていた。
自分たちが起きだした時間と彼が「眠いから寝る」と姿を消したことから考えれば、今自分が行くと彼はあまり喜ばないのだろうとも思う。けど、彼を一人にすることになんとない不安を感じている坂本は、よいしょと梯子を上り始めた。
屋根の上には羽織を頭にかっぽり被った人がひとり。
「金時」
呼びかけてみるがぴくりとも動かないので怪訝に思って羽織に手をかけると、
「なに」
めくられるのがいやだというようなタイミングで返事が返ってきた。
「どうした?」
「別に」
「……」
それきりお互い黙り込んで相手を窺うようにしていたが、
「ちょっとすまんのー」
違和感が拭いきれなくて羽織をぐいと引っ張る。「うわおまえなにす」一瞬だけ抵抗を感じたが不意を突かれたのか羽織は銀時の手をするりと抜けて反対側にふわりと落ちた。
「やっぱり」
思わず呟いてしまってから予想していたことなのに少し戸惑った自分に気づいて困惑して、その気配を敏感に悟った銀時は左手で顔を隠して「うあー」と意味不明のうめき声を上げた。
「別にどっか痛いとかそんなんじゃないから」
「いや、しかしなあ……」
坂本は頬をぽりぽりと掻いて、このまま放っておけというのも無理な話じゃと銀時の横に座り込んだ。銀時は気丈に「大丈夫なのに」と言って口の端をあげて苦笑して見せたが自嘲にしかみえなかった。
「勝手に出てくる」
「……最近じゃな?今日だけじゃなかろう?」
確信してるのに疑問系で呟くと今度は銀時が目をぱちくりさせてぽかんとした。気づいてたのかと言いたげな視線にこくりと頷くと銀時はまたしてもうめいて、だるそうに身体を起してから、「……桂は?」と戸惑ったような表情を見せた。
銀時と最も親しいといえる桂のことだ。あの男なら気づいているのだろうと思ったが、不安げな瞳で見上げてくる銀時に「気づかれておるよ」と答えるのはどうしても気が引けてしまって、坂本は喉元まで出かけた言葉をこくりと呑み込んだ。
「まだ気づいとらんじゃろ」
「――そうか」
銀時はぽつりとそれだけ言うと黙り込むので「金時?」覗き込むと涙を流し続ける瞳としっかり目が合ってしまって僅かに息を呑む。白銀の瞳が潤んで揺れているのに青年の顔はいつもの無表情だった。
目を逸らせないでいると銀時がほんの少しだけ苦笑して背中をぐっと押された。銀時の左手が背中にまわっていた。
「きん…」
「少しだけ」
言葉を遮られるように言われて口を「き」の形に開けたまま坂本は止まった。ちらりと下を見ると白い頬に透明な雫が伝っいてぽつりとこぼれる雫が坂本の服を濡らした。涙の痕がレールみたいになって後から流れてくる水滴はそこをなぞって落ちてくる。
「これくらい、お安いもんじゃ」
頷いたまま銀時の背中に自分も両腕を回しできるだけしっかりと抱き締めて、ゆっくりと目を閉じた。
どうか、彼がこんなふうに泣かなくていい日ができるだけ早くきますようにと祈ってみる。
神さまも仏さまも信じてないから、誰にも届くことのない祈りだけど。