腕に走る赤い傷跡を目にして高杉は苦々しげな表情を浮かべる。それを見上げながら銀時はああめんどくせえなあと心中でため息をついた。
今は戦争中だ。毎日誰かが死んでいく。自分だって無傷じゃすまない。いくら白夜叉だの武神だの言われようと、銀時だって斬られることはあるのだ。他の人よりちょっと悪運も力も強いだけで、銀時だってただの人間なのだから。
にも関わらず、高杉は銀時が傷付くことを赦そうとしない。銀時が血に濡れている姿を見れば微笑うくせに、銀時が自らの血に濡れることは嫌っている。もちろんそれは、銀時のことを好いているからではない。
そしてその別の理由を、銀時はなんとなく感じ取りながらもあえてそれに気付かないようにしていた。高杉のその以上なまでの執着に気付いてしまえば、自分も呑み込まれてしまいそうな気がしていたからだ。
高杉は銀時の傷跡に指を這わせる。優しく触れる。
銀時が不快感に顔をゆがめると、次の瞬間にはびりびりした痛みが腕を走る。高杉が銀時の傷跡に爪を立てたのだ。
「……痛えよ」
高杉は嘲笑った。
首筋に高杉は顔を寄せる。頬に触れる髪がくすぐったくて顔を反ると、肩口で高杉が笑った気配。
「血の臭いがすんな」
「あれだけ浴びりゃあ臭いもつくだろ」
「違えよ。お前の血の臭いだ」
くつくつと喉の奥で笑う。銀時はこの高杉の笑い方が苦手だ。なんとなく、気味が悪い。
腕の傷に触れた高杉の指先が、傷を抉るようにして抜かれる。痛みに銀時は小さくうめいた。
「銀時ぃ」
銀時は息を吐き出しながら、「んだよ」と応える。その後に続く高杉の言葉は容易に予想できたけれど、銀時はあくまで知らないふりをする。
首筋をべろりと舐められて肌が粟立つ。銀時の血に濡れた指が胸元を弄った。
「てめえは死ぬんじゃねえぞ」
無茶なことを簡単に言ってくれる。だけどこんなことを言ってくれるのは高杉だけで、悪い気はしない。俺って純粋。銀時は苦笑する。だけど高杉にそれは見えない。それをいいことに銀時は「わかるわけねえじゃん、そんなこと」とわざとふざけた口調で答える。
今は戦争中だ。死ぬか死なないかなんて、誰にも分かりゃしない。「死なない」と約束できたならとっくの昔に中間達にそう言わせてる。
だけど、自分は死なないんだろうと。銀時はなんとなく思っている。それは別に、自分の強さに自信があるとか、悪運の強さを信じているとか、そんなくだらない理由のためではない。
自分の胸元にある頭を銀時は抱きしめる。彼からは自分よりもっと濃厚な血の香りがした。
――だって、こいつが死ぬなって言うんだもん。
だから死ぬわけはにいかねえんだと、銀時は自分に言い聞かせる。自分の息が熱を孕んできたことを不愉快に思いながら、銀時は天上を仰いだ。
高杉が胸から顔を上げる。銀時はその狂気に犯された瞳を見据える。背筋がぞくぞくした。
「てめえを殺すのは、この俺だ」
顔に息が触れる距離で、高杉は言う。うん。待ってる。返事の代わりに唇を重ねる。
それまでは死なねえよ。
――だから早く、戦争を終わらせよう。
銀時は押し寄せてくる快楽の波に身を委ねながら、薄く微笑った。