お久しぶり。相変わらず派手な金色頭を煌かせた男がにこにこと満面の笑顔で部屋に入ってきたのを見て、高杉は思い切り顔を顰めた。苦虫を噛み潰したような顔とはこんなものだろうかと銀時は興味津々に彼を見上げるが、好奇心を追求するより久方ぶりの乱入者への対応のほうが優先だと、とりあえず金時を見据える。
「仕事を依頼した覚えはないけど」
「俺もないねえ。妹に会いに来るのに理由が必要?」
「てめえの場合は必要だな」
「犬っころには聞いてませーん」
あっかんべえと子供のような挑発をする。それに逐一眉間の皺を増やす高杉の気の短さに銀時は苦笑して、彼が懐に手を伸ばすより先に脛を蹴飛ばしてやった。高杉が金時を嫌っていることは彼女にとってどうでもいいことだ。仕事にもプライベートにも関係ない。けど、目の前で安い挑発にわざわざ反応する様を見せられるのは鬱陶しい。
「高杉は桂か坂本を呼んできて」
「……こいつと二人きりにさせるわけにはいかない」
「俺が言ったこと、聞こえなかったの?」
銀時は椅子から立ち上がった。
「呼んでこい」
彼女の一瞥を受けて、高杉は己の口が過ぎたことにはっとする。生唾を飲み下し、彼女の視線から逃げるようにその場から動いた。
金時の横を過ぎる際、彼が口元に笑みを浮かべたのを見て、ますます気分は悪くなるばかり。それでも扉を閉める手つきが乱暴にならなかったのは、長年培われてきた恐怖心が手足の隅々にまで染み付いているためか。
いくらお気に入りとして手元に置かれていても、所詮は彼も彼女の犬の一匹でしかない。主に牙を見せることなど、できるはずもなかった。
静かに閉ざされた扉の音を聞いて、金時は喉を鳴らした。
「ちゃんと躾られてるねえ」
最初に会ったときはあんなに暴れん坊だったのにと、昔のことを感慨深く呟く。それに同調して銀時も微笑んだ。
「甘やかしちゃったかと、ちょっと不安だけどね」
「あの子はあんぐらいでいいよ。ちょっといい気にさせておくぐらいのほうが、楽しい」
「金時はSだもんねぇ」
ついでに悪趣味、という皮肉は両者の胸の内の呟きだった。
ふと銀時は耳を済ませる。人払いをしていたために廊下に誰かがいる気配はない。桂と坂本は外へ出ている。呼び戻すのにどれくらい時間がかかるだろうか。そして高杉は今、どんな気持ちでいるだろうか……きっと、ひどく焦っているに違いない。ここ数日携帯を持たせてやらなかったのはやはり当たりだったなと銀時は胸中でほくそ笑む。彼のことだからこの建物のどこに行けば電話が置いてあるのかも把握していないに違いない。一部屋ずつ開けていっているのかと思うと、かわいそうすぎて笑えた。
それで、と銀時は金時に笑いかける。
「この部屋に来るまでに、何人くらい殺しちゃったの?私の家族」
10人くらいかな。そう答えた金時はとても楽しそうに笑った。
ダガーの切っ先が妹の喉元に突きつけられる。
「賭けようじゃないの、銀ちゃん」
「金時が高杉虐めて終わるに百万」
「自分の命は賭けないなんて、つまらないジョークだよマイ・シスター」
切っ先が肌に食い込む。ぷつりと僅かに血が滲み出す。指先が疼いた。まだ駄目。もう少しの我慢。銀時は口の両端を吊り上げたままで己を叱責する。デスクについた手の平がじんわりと汗をかいた。金時からは見えない位置に置かれた手が、血が、ざわざわと騒ぐ。
まだ、殺しては駄目だ……銀時は眼を閉じて、そして再び金時を見据える。
「だって、おまえの依頼主、今頃坂本が殺してくれてるから」

無駄足を踏まされた高杉はどう怒るだろうと、そのときのことを想像するとわくわくした。
そして部屋に鳴り響く電話の音。
銀時はグリップから手を放し、受話器を手に取った。