小さい頃から何をするも一緒で、隣か斜めか後ろか、とにかく彼の存在が傍にないと色んなことに違和感を抱いてしまうほどお互いが近しい位置にいるはずなのに、恋とか愛とかそんな甘ったるい感情には一切無縁な関係だった。好きと言ったことなんか記憶にある限り皆無で、お前なんか大嫌いだと言うことが日常茶飯事。だけど彼の骨ばったきれいな指先が自分の髪や首に触れてくるのは好きだったので、生々しい血の匂いを纏っていても彼を怖いとは思わなかった。嬉しいことがあると背中を合わせて色々なことを話したし、辛いことがあった日は言葉交わすことなく抱き締めあった。お互いの体温を共有して溶かしあうみたいに、きつくきつく。
恋なんてしていないし、愛してもいない。一番大切な人間は彼じゃなかった。だけど一番近いところにいつも立っていたのは彼で、暗がりの中で目を醒まして手を伸ばせば、ひんやりとした手の平が腕を掴んでくれた。温かさはなくても、凍えることも一人で孤独に涙することもなかった。
俺はおまえがいないと生きていけないのかもしんない。そう言ったら高杉は思いっきり表情を歪めて、んなわけねーだろと吐き捨てた。そのあまりに確定的な物言いに、心臓のあたりがぎゅっと縮こまるような感覚を覚えたが、その後に伸ばされた手が自分の指先を握りこんできたものだから、その時感じた胸の痛みなどすぐに忘れてしまった。
そんな2人の様子をいつも見ていたのは桂だ。高杉がふらりと出かけたある夜に、おまえは怖くないのか、と桂に聞かれたことがある。なにが?と問い返した銀時に彼は気まずそうに視線を泳がせて何でもないと誤魔化したが、銀時は桂の言いたいことを実はちゃんと知っていた。なにが?と問い返して誤魔化したのは銀時の方だった。銀時は高杉のことをちっとも怖くなかったが、怖がらない自分も高杉と同じ種類の人間であることを薄々感づいていたからだ。
だけど今、両手をきつく掴んで、乱暴に唇を重ねる高杉に純粋に恐怖を感じた。不安と焦りよりも怖さが何よりも上で、強く強く目を閉じることしかできなかった。胸の鼓動だけが生々しく耳の奥で繰り返されて、目を開けることができない。怖い。そう言うと高杉は楽しそうに笑って、すぐに慣れるさ、と耳元で囁く。低く柔らかい声に鳥肌がたった。耳の奥で鼓動が響く。息苦しさに顔を背けると、首筋に顔を埋めて噛みついてきた。

「痛いのは嫌だって、いつも言ってるのに」
「嘘つけ」
「嘘じゃないし。本当だし」

くつくつと高杉は笑う。そういうことにしておいてやる、と本気で取り合ってくれないことにむっとして、さっきよりは優しく重ねられた唇に噛み付いてやった。まつげが触れ合いそうなほど近くにある彼の目が驚いたように丸くなり、次いで愉快そうに細められる。
二度目の口付けは血の味がした。じんわりと咥内に鉄の味が広がっていく。怪我を舐めたときに知った自分の血とは味が違う気がして口の中で舌をもぞもぞと動かすと、微かに開いた口唇の隙間からべろりと高杉が舌をねじ込んできた。さすがびっくりして頭を後ろに引こうとしたが頭をがっちり抑えられていてびくともしなかった。

「ぅ、ふ………」

しつこく咥内を蹂躙されて眩暈がする。酸素不足に頭がぼんやりして視界が白黒しかけたりして、快楽とは程遠い口付けに銀時は疲れだした。いい加減に終わってほしくて、押さえつけられたままの腕をぐいぐいと動かす。足で床を叩いたり。それでも高杉は止めてくれないものだから、銀時は彼の舌を軽く食んでやる。するとさすがに不愉快だったのか唇が離れた。

「痛ぇな」
「だってやめてくれねーんだもん。俺もー疲れた。今日は終わりにしよーぜ」
「まだ接吻だけじゃねーか」

不服そうな高杉を押しのて崩れた着物を直す。障子の向こうには紅い夕陽が煌々と輝きその色がとても鮮やかなものだから、夕陽に向かってちょっと散歩でもしてこようかなと能天気にも考える。あちこちに侍嫌いな天人がうろついているから一人歩きは危険だと桂にいつも説教されているのだが、大勢だったらヤバイけど少数だったら適当に斬って逃げればいいや、という程度の考えしか持っていない銀時が、桂の話をそう素直に聞き入れているはずもない。
では行くかと縁に出た銀時は、ぐいと襟元を引っ張られて思わず刀を握った。相手が誰なのか分かっているから抜かないが、誰かが後ろから自分に触れるとつい手が伸びてしまう癖。そして柄へと伸びた手の上に触れた手はやけに熱いものだった。
馬鹿野郎、と文句を言おうとしたのに、それは急に首元に走った痛みのために喉元で消えた。

「いっ……!」

これはさすがに血が出たかもしれない。最初に咬みついたところをまたピンポイントに狙って強く歯を立てた高杉に、銀時は本気で刀を抜いてやろうかと悩む。それでも後ろから噛まれているから不自然な体勢を理由に腕を振り払うこともせず、ぬるりとした感触が離れるのをただ待った。
ひりひりとした痛みが去るのを待ち、ようやく首筋から顔を上げた高杉に向かい合う。噛まれたところに触れてみれば、やはり唾液に紅い色が混じっていた。
大きく溜息。

「オメーはどうして、人の嫌がることをやるのが好きなのかなぁ」
「そりゃおまえのためだ」

口元を歪ませる高杉に、初めて生唾を飲み込んだ。
怖くないのか、そう問うたときの桂の表情が頭を過ぎる。今なら彼のその問いに頷けるだろうと銀時は思いもしたが、それはあくまでもしかしたらという想定の話。おまけに一度肯定することを躊躇った自分にはもう頷けるはずもないことも理解して、掴む手の熱がジワリ、とまた熱くなったような錯覚さえ覚えた。


「おまえは、俺と同じだろ?銀」


不意打ちで、苦しいような咽喉に詰まったような声を漏らすのは反則だろうと思う。そして泣きそうな顔で自分を見る彼に生唾を飲み込んだのも何度目になるだろうか。
さっきより長い溜息を吐き出す。掴まれた腕を逆に握り返して、言いそびれた馬鹿野郎を彼の唇の至近距離で呟いた。厭きて疲れたはずの口付けを自分から仕掛けたら、心臓のあたりがギュッと縮まるように痛んだが、知らないふりをして銀時は高杉の首に腕を回す。

一緒にいた時間は長かったのに、お互いを求め合うなんて理想的な夢を未だ掴もうとしていた。