「こじゃんと肉を用意して待っちゅうよ」
「マジで!? 辰馬愛してるー!!」
喜びゆえに大きくなった声は廊下にわんわんと響き渡り、何事かと生徒達が好奇の視線を向けてくるが銀時は全く意に介さず、にこにこと満面の笑顔でもう一度手を振った。またいつもの朗らかな笑顔へと表情の戻った坂本もそれに悪ノリして「ワシもぜよー!」と叫び返す。両者ともその言葉には一ミリグラムの嘘も誇張も含まれていなかった。銀時は坂本辰馬のことを本気で本当に愛しちゃっていた。お隣さんで幼馴染で親友だからという立場が最大の理由なのだが、男女の友情を信じていない人間には今銀時の腕を引っ張っている男より坂本の方が銀時の彼氏だと信じてしまうくらい、銀時は坂本によくなつき愛していた。だから今晩のように、坂本家で夕飯を頂くのなんて当たり前。坂本のお母様が勧めるがままにそのままお泊りしてしまうのは日常。そして朝にはお手手を繋いで学校の校門をくぐってくるのもごく普通に見られる風景。
ぐいぐいと腕を引っ張られて歩き続けること数分。銀時が連れてこられたのは使われていない空き教室のひとつ。昼休みになれば幾人かの生徒らが昼食を食べるのに使われたりするがそれ以外ではほとんど使われていないため、電灯の点らない室内は埃っぽい空気が充満していた。
「高杉?」
こんな所に何の用があるのだと、そう問おうとしたが、それはいつになく険呑な彼の視線に口を閉ざさざるをえなくなった。
いくらなんでも本人を目の前にして坂本へ「愛してる」と叫んだのは不味かっただろうかと、今さらながら冷や汗がたらりと流れる。けれど坂本と銀時のそんな甘い関係など高杉は慣れっこでむしろ、「暑苦しいからどっか別のとこに行け」と言い出すことすらあるほどだ。二人の関係を容認しているというより、彼女が何処で何をしていようが関係ないということなのかと銀時が恋する乙女心を痛ませたのはかなり昔のこと。今になって何か言われるとも思わず、銀時はただ不安を募らせるしかない。せめて、何か一言でも言ってくれればいいのに。掴まれた腕の痛みがより心細さを助長させた。
列の乱れた机の間を歩き、廊下側の壁、窓からは見えない位置に突き飛ばされる。痛みはさほど無かった。
背中を打ち付けて反射的に瞑った目を再び開けたとき、銀時が見たものは、彼女の予想を裏切るもので。銀時は目を見開いた。
「高杉」
「……何も言うな」
「でも、」
「言うな」
頼むから、と。俯き気味に零された呟きに、何故か、体中の涙が瞳に集中した感覚が襲った。
「今さら、だけど」
泣き顔なんか絶対に見せたくないというのに。いっそのこと、高杉に抱きついて抱き締めて、その腕の中で思いきり泣いてやろうか。今まで出来なかった分を全部ひっくるめて。
「ヤキモチのひとつくらい、妬いてほしかった」
戸惑ったように目元を歪ませた表情が印象強くて、こんな顔もできる人だっったんだなと初めて彼を知ることができたように思った。
満足かよ。耳元で囁いた高杉の声は少し震えているみたいに聞こえて、嬉しいのに哀しいと思ってしまった自分に訳が分からくなった。薄い唇の重圧を首筋に感じながら、頬を包み込んだ手の熱さに今度こそ本当に涙が出た。