「どこ見てんの?」
「ここではない何処かじゃ」
「ふーん」

隣に腰を降ろして、同じように天空を見上げてみる。薄い雲が広がり灰色がかった水色の、遠くを天人の船が飛ぶ空。
しばらく見上げて、「なにも無いんだな」と呟いた銀時に彼は目を細めて笑い、「何かがなければならないということもないじゃろう」銀時を見上げてその手をぐいと引っ張った。上半身を支えていたものがなくなり、引っ張られるまま坂本の胸のあたりに引っ張り倒される。

「銀時は柔らかくって、気持ちがいいのー」
「オヤジくさい台詞は控えてください」
「わし、おんしよりおじさんじゃき」
「1つしか違わねーだろ」

引かれた腕を放し、ぎゅっと抱きしめられる。押し付けられた胸の奥からドクドクと心臓が脈打つ音が聞こえて、それに合わせて厚い胸板が小さく揺れる。
ぺたりと手の平を置くとくすぐったいと坂本は笑った。

「心臓って正直者だよな」
「わしに似ておろう?」
「おまえが正直者なんんて言ったら高杉がかわいそうだ」
「あんしにはあいつが分かりやすい人間に思えると?」

おかしなヤツじゃのう、と笑うものだから、おまえの方こそ俺より何倍も変だよ、と銀時も笑い返した。
最初はただ無駄に笑う馬鹿そうなやつだと思っていた。楽しいことなんて何もありはしないのに、大笑いできるような面白いことだってありもしないのに、とにかく笑顔ばかりが目に付いた。もしかして顔の筋肉がそのまま固まってしまってるんじゃないの?そう疑ってみたことも一度や二度ではないが、時に誰よりも厳しい目で宙を眺めていることに気づいてしまった。
ときどき思う。もし彼が笑わない人だったら、自分はもっと彼のことを知ることができたのかな、なんて。
腕を伸ばして頬を撫でると、銀時の手を包むように両手で握ってきた。

「のう、銀時」
「ん?」
「わしゃおんしにはわしを見ててほしいから、接吻してもいい?」

いいよ、と言ったあとに見られるであろう彼の笑顔はとても好きなのだけれど、まだ駄目だよと銀時はにぃっと笑う。
えー、と不服そうに坂本は唇を尖らせる。体をぐっと伸ばして銀時は彼の額にほんの軽く唇を触れさせて、坂本の胸元に耳を寄せる。

「おまえが俺を見てないのに、俺だけ見続けなきゃいけないなら、駄目」

そんなことないのにと呟いた坂本の言葉を裏切って、彼の心臓は一度だけ大きくドクリと音を響かせた。
今でも彼が何を考えているのかその真意を知ることができないのに、遠くに離れてしまったら余計に彼が何を見て生きているのか分からなくなってしまう。それでは嫌だ。
だからまだ、今はこのままがいい。