出会いは入学式。
決して穏やかなものでも運命的なものでもなかった。


自分が目立つ容姿であることを承知していた銀時は他の生徒よりスカートを長めに着て登校してきたのだが、どうしたってその日本人離れした姿は他者の目を引いてしまう。そして入学試験を担当していない土方は「銀髪の生徒」が噂にのぼったことなど知らず、玄関で銀色が目の前を通ったとき思わずそれを掴み、「なんだ、地毛か」と、隣にいた先輩教師がぎょっとするほど荒んだ声色で言い放ったのだ。一方、禿げるのではないかと心配するほど強く髪を引っ張られた銀時は「ざけんなこのインテリ教師!」とつい普段の調子で言い返してしまったし、徹夜続きで機嫌の悪かった土方も「変な色してるてめーが悪ぃんだ」と無神経な言い方をしてしまったのだ。まさか彼女がアルビノで、表面的には見せずともそれを気にしていることなど、初対面では土方が知る由もなかったのだが。それにしたって一教師、一生徒としては、最悪に近い出会いの仕方だっただろう。
だから副担任を任されてしまったクラスの教室を開いたとき、目の前につい先程出逢ったばかりでありながら貶しあった顔がいて、お互い思わず「げっ」と唸り声を上げてしまったのだ。何事かと目を向けてくる担任と生徒。なんとなく、顔を合わせるのが気まずくなった。
その気まずさを先に解いたのは銀時の方だった。というより、土方に対する恨みなど、次の日にはすっかりさっぱり消え去っていた。高校生活2日目の彼女のもっぱらの関心事といえば、購買部の菓子パンはなにがあるかな、というくらいのものだ。もとから銀時は人を嫌い続けることなど出来ないタチなのだから仕方がない。中学校時代、銀時の幼馴染を好きだった女の子に「あんたみたいな気味悪いやつはさっさと死んじゃえばいいのよ」と言われようと、「ごめん、俺、父さんと母さんと先生の分まで生きるって決めたんだ!」と笑って200歳まで生きることを宣言し、幼稚園以来腐れ縁の男子に「天然パーマだからといって頭の中までパーになっていいわけじゃないんだぞ」と説教されるほど明るく天然でアホな子供だ。
しかし、銀時のそんな能天気さなど微塵も知らない土方といえば。教師としてあの態度は流石にまずかったかな、と思い続けているところで長谷川が、「あいつでもアルビノで銀髪ってことを気にしてんだなぁ」と飲み会の最中に呟くのを耳にしてしまい、銀髪を変な色と言ってしまったことを深く深く後悔していた。先天性な障害を気にしている人間にとって、それを侮辱されるのは心に残る傷となるからだ。おまけに調査書によれば彼女は孤児で、引き取ってくれた女性も既に他界。後見人はいるが住まいは別で、学費は奨学金、アルバイトで生活費を払っているとなれば、40人近い受け持ちの生徒の中でもとりわけ視線を向けてしまう。
だから銀時と顔を合わせることを苦手としていたのだが、銀時が屈託無く笑って「先生って言いたいこと言えなくて一人で悶々と後悔したりする損な性格だよね」なんて言うものだから、彼の中の銀時のイメージはますます不明瞭になる。
そして人目を気にして生きてきただけに人が考えていることを察しやすい銀時は、土方が自分に負い目を感じていることをちゃんと感じ取っていた。そんなわけで銀時の中の土方は「不器用な先生」で定着してしまい、母性本能を擽られてしまったことも一度や二度ではない。
そうやってお互い、他の生徒に比べれば半歩ほど近い距離で「生徒と教師」という立場にいたのだが、

「どこで間違えたんだ……?」

ありえねーだろ、俺。仮にも教師だろ俺。
銀時の学年が2年生となる前日、名簿を見つめながら土方は唸っていた。
なぜか連続で同じ学年を受け持つことになった彼の見つめる欄には、「坂田銀時」の名前。
教卓前の机から視線を逸らし続けた最初の数ヶ月を思い出すなら、関係を改善された今、この名簿欄は喜ばしいことにも思えるのだが    素直に喜べないのが教師という立場であり、今の彼ら2人の関係。
まさか付き合っていることなど、誰にも知られてはならなのだ。










「うん、まー、ばれたらヤバイもんね」
「そう思うなら準備室に入り浸るのやめてくれねーか」
「したって先生、俺の家に来てくれないじゃん」
「お前の天然は可愛くて好きなんだが、こーいうときだけは俺ぁお前を恨むぞ……!!」

なんで?と首を傾げる銀時は、恋人としての贔屓目を差し引いたって可愛い。甘いもの好きとは雰囲気にまで現れるものなのか、彼女の仕草には時としてふわふわとした綿菓子のようなイメージさえある。アルビノであることを気にしているというのだって、人にじろじろ見られるからという理由だそうで、人と違うということに関しては何とも思っていないようだ。となればその銀色の髪だって彼女の凛とした存在感を引き立て、紅い瞳はいっそ神秘的でさえある。動物に例えるなら見た目からウサギを連想しがちだ。しかし中身はネコであるから、そのギャップがまた人を惹きつける。

「俺の家が駄目ならさ、先生の家でもいいのにさー」
「や、だからマジでそれやめてくれねーか。それとも演技か?」
「なにが?」
「毎回のことだって分かってるけどよ……」

地元や都心では高校関係者に見られる可能性があるということで、2人のデートはもっぱら車でドライブに限る。かといって休みの少ない高校教師と部活動に勤しむ女子高生では、会える時間などそう取れるはずもなく。
だから銀時が、学校が終わったあとでどちらかの家で遊べばいーじゃん、と主張する理由は大変よく理解できるのだが、

(俺の理性がもたねえんだよ………)

誘ってるのか、と。その一言を、どれだけ飲み込んできたことか。
のほほんとチョコレートを舐める銀時を見やる。そして意図せず視線は彼女の胸元へいってしまい、慌てて手元の赤ペンへ。銀時にすれば「きついんだよ」という言い訳によるものなのだが、第3ボタンまで開かれてるシャツはどうにかしてもらいたい。最近の女子高生はどうしてこうも恥じらいがないんだ、と土方は胸中で呟く。シャープな顔に似合わず、羞恥心の薄い己の恋人を土方はどうかとも思い、脱力するような疲労感を覚えるのは既に日常茶飯事。ふくよかな胸元と黒いレースの下着がちかちかと眩しい。昨日は赤だったと土方は記憶している。
慎みを持て、と言えれば楽なのだが、胸を意識してしまっていることを知られるのは癪だ。「変態教師ぃ」と笑われるのが目に見えているから。
準備室の外ではベストを着ているのに、どうして2人きりになると脱いでしまうのか。本音を言うなら穿いているジャージが半ズボンなのも頂けない。白くすらりと伸びた素足が生々しい。ちらちらと覗く赤い舌に噛み付きたいと思っても、それは土方のせいではないだろう。

「とにかくもー教室戻れ。昼休みは生徒が来やすいんだ」
「だいじょーぶ。ドアに“昼寝中につき立ち入り禁止”って札を掲げてきたから」
「おま、なにしてくれんの?! てめーがいると誰も来ないのはそのせいか?! 近藤さんに『教頭に見つからんようにな』って言われたのはお前のせいか!」

そんな怒るなよ。からからと笑う銀時の額にでこぴんをひとつ。痛い!と睨みつけられようが、教師としての信用を落とされていたことに比べれば、可愛い仕返しではないか。
扉を開けて見てみれば、確かにあった。昼寝中と墨で書かれた紙が画鋲で貼り付けてある。いつからこれを貼られるようになったのかと考えると、胃がちくりと痛んだ。校長の徳川はまだ言い訳がきくとして(むしろ「疲れが溜まっているなら仕方あるまい」とか頷いてくれそうだ)、教頭の松平など、無言でカッターを投げつけられそうだ。(なぜか彼はスーツの内ポケットにカッターを常備している。もとはヤのつく職業だったともっぱらの噂)

「おまえな、俺にパフェを奢ってもらいたいなら、俺の教師としての立場を重んじてくれねーか」

クビになったらどーするんだ、と続けようとしたところで、携帯の電信音が鳴り響いた。
着信音は『北○の拳』。
俺のじゃねえ。思わず胸中で呟いた土方の前で、銀時がポケットから携帯電話を取り出す。

「はいもしも〜し。銀ちゃんですが、どなた様?」

まずディスプレイで相手を確認してから出ろよ。幾度目かの溜息をついて、椅子に座りなおす。「あ、ヅラ?ごめん、そーいや教科書借りっぱだね。俺の机から勝手に持ってっていーよ」 電波が悪いのかそれとも土方を気遣ってか、窓際へ走って小声で話す銀時の存在ですっかり邪魔されていたが、自分は小テストの採点中なのだ。できれば6時間目には返却したいと思っていたから、電話が長引いてくれるのはありがたい。
仕事に戻ろうとした土方の意思が伝わったわけではもちろんないのだが、「高杉ぃ?なんの用だよオメー」と若干不機嫌になった声が呼んだ名に、電話の相手が変わったことを知る。
桂と高杉という名前は、銀時からよく聞く男の名前だった。片方が幼馴染でもう片方は幼稚園からの腐れ縁だそうで。クラスは別々だが土方はちゃんと両名の顔を覚えていた。銀時が写メールを見せてくれたこともあるし、それなりに教師陣の間で知れている2人である。幼馴染についてであれば本当はもっと別の理由もあるのだが、土方自身がそれを認めていないからこの場では省略。
とにかく銀時の親友2人は、校内でも有名な人物であった。ロン毛であることを除けば優等生の鏡のような桂は生徒会書記。高杉は遅刻の大魔王などというふざけた異名の持ち主だ。どちらも成績は学年上位に入るほどで、土方との距離が縮まるまで、銀時の壊滅的に出来の悪い数学は彼らに教わっていたという。テスト前には桂の家で勉強会が恒例だったというのだから、教師である土方でさえ教えるときは思わず音を上げてしまうことがあるほど数学に関しては理解の遅い銀時に付き合い続けた彼らの努力に対して、土方は敬意を払ってさえいる。
けれどそれも、生徒と教師、という一線を引いての思考であるわけで。
彼らに男として恋人として嫉妬しているかと聞かれれば、よくわからない、と土方は首を傾げてしまう。土方が銀時を好きになってしまった最大の理由は、彼女の笑顔にあるのだ。そして銀時が彼らのことについて話す彼女は本当に楽しそうで、思わず頬をつねってやりたくなるくらい幸せそうに見えて、2人のことを俺のまえで話すな、とはどうしたって言えない。土方は銀時の笑顔が本当に好きで、そして銀時はあの2人を家族のように大切に思っているからだ。醜い独占欲で彼女との関係にヒビを入れたくないというのは当然の思考で、ならば嫉妬するわけにいかないではないか。
しかし、嫉妬していないからといって、羨ましいと思わないわけでもない。彼らは銀時と同じ高校生で、あけっぴろに好意を表せる立場にあるのだ。廊下ですれ違ったとしても挨拶程度しかできず、同じ室内にいても視線を合わせることも稀で、触れたくても肩に触ることさえできない己の立場を思うと、いけないと思いつつも妬む心が生まれる。休憩時間、銀時の名を大声で呼ばわりながら彼女に抱きつく高杉を見たときなどは、嫉妬ではなく殺意を抱いた。
窓際の銀時を振り返る。逆行で表情は見えないが、先程の棘の有る声は消え、快活な笑い声をたてて電話向こうの相手の名前を口にしている。なにお前、バッカじゃねーの。それくらい自分でやれよなー。でも夜更かしはほどほどにしろよ。それ以上背が伸びなかったら問題だからさ。
ふと、自分の手元が鞄の中へ伸びていることに気づき、慌ててひっこめた。
苛ついたときに煙草へ手が伸びるのは癖のようなものだったが、教師の校内での喫煙を禁止された今はそれも叶わない。引き出しの中には貰い物である飴玉が幾つか入っているが自分は甘いものが好きではないし口寂しいわけでもないし、おまけにその飴をくれたのは苛立つ原因の人物なのだからどうしようもない。むしろ飴玉があるということを思い出してしまったことすら煩わしい。
いい加減仕事を終わらせようにも指先に妙な力が加わり、仕事は全く捗らない。ああチクショウ。何度目か知れぬ舌打ちが漏れる。
ガキじゃあるまいし、なんだってんだ。立ち上がってコーヒーを淹れなおす。

「あ、先生、俺がやるよ」

電話を終えたらしい銀時がぱたぱたと狭い通路を走ってくる。無類の糖分好きを宣言するだけあって、彼女の淹れるコーヒーも紅茶も、インスタントであってもうまい。
頼むと言い掛けて、はたと時計を確認すると、予鈴が鳴るまで残り2分を切っていた。

「時間ねーから、おまえは早く教室戻れ」
「予鈴鳴ってからでも間に合うよ」
「だーめだ。次の日曜はデートできるようしておくから、今週は大人しく真面目にしてろ」

デート、と頬を染めて呟く銀時のおでこに、再びでこぴんをひとつ。いったーと声を上げる銀時から顔を逸らして椅子に座りなおす。でこぴんをするときは大抵半分が彼なりの照れ隠しなのだが、それに銀時が気づくのは何時になることやら。
赤ペンを持ち直そうとして、やめた。5時間目には授業が入っている。テストを返すのは諦めよう……日ごとに溜まっていく仕事にうんざりと肩を落とす。

「せんせー」

なんだ、と疲れた顔で見上げた土方の横に立って銀時が悪戯小僧のように、ニヤリと笑い、至近距離であった唇を土方の薄い唇に押し付けた。

「デート、ちょーミニで行ってもいい?」
「……やっぱテメー、わざとだろ」

掠めるように直ぐに離れてしまう久々の温もりを、土方はもう一度味わいたいが為に、銀時の後ろ首に手を当て強引に引き寄せ、しっとりと熱を含んだ口内に舌を捩じ込む。


「学校じゃなきゃ、押し倒してるとこだ」



ガッコーだから、誘えるんじゃん。
そう言いきった銀時に、土方は今度はでこぴんではなく頭突きを食らわせてやった。