消灯を落とした室内で、ヒイロの向き合うディスプレイだけが煌々と光を宿している。目が悪くなっちまうから電気くらい点けろとという忠告はかなり早い段階でしていたが、必要ない、の一言でばっさり切り捨てられている。だからデュオは部屋の主の意思に従って部屋に明かりを灯さぬまま、彼の部屋へお邪魔している。使われぬまま皺もなくひんやりと冷たいシーツに体を横たえて軽くのびをして、ちょっと眠いかもなぁと軽く目を瞑る。あ〜寝ちまおっかなぁと零されたひとり言をヒイロは無視した。寝るなら寝るで勝手にしろとその背中が語っている。他人に自分の部屋のものが勝手に使われたところでヒイロは頓着するような男ではない。そもそも自室を与えられたからといってヒイロがこの部屋を己の部屋であると認識しているわけでもないだろう。部屋へ籠っているのは休息を得るためというより、自分の状況を正確に知るための情報収集を欠かさない彼の行動性によるものだ。だから邪魔さえしなければ遠慮することもないと、デュオはしっかりと目を閉じる。もちろん本気で眠るつもりはない。ヒイロが仕事を終えるまでの待ち時間を持てました体が、それほど必要としていない休息を欲しようとしたに過ぎない。
部屋へ入室する際、気になることがあるけれど自分にはよく分からないから話を聞いてほしいとヒイロには伝えてある。それにヒイロは是と頷き、ただしこの資料に目を通してからにしてくれとディスプレイに向きなおった。それからまだ時間はさほど経っていない。常であれば“気になる事項”を優先させるヒイロが来客を後回しにしたのは、デュオの態度から、彼の持ってきた用事が私事であり、急を要することではないと判断したのである。まぁ間違っちゃいねぇな。デュオは勢いをつけて上半身を起き上がらせ、ヒイロの横顔を盗み見た。
そうしていること、数分。機械音だけが微かに唸り、呼吸の音すら聞こえそうなほど静まった室内で、先に沈黙を破ったのはデュオだった。それも意図的にではない。思わず、といった風情で、彼はヒイロに向けてぽろりと呟いた。

俺、おまえのこと、好きだ。

しかし。好きだと告げられても、ヒイロは顔の筋肉筋を微少たりとも動かさなかった。それどころかデュオを振り返ることすらしなかった。ディスプレイに向けられた双眸は記号の羅列を注視し続けており、デュオは黙ってその端整な横顔を見つめ続ける。告白が音を成して伝えられる前と、何も変わらないその状況。
己にとっても思わぬ一言が漏れたその直後には、デュオはそのような状況になることを、可能性のひとつとして予想していた。が、少々、あてが外れたような気もしている。その瞳が戸惑いに揺れるか、或いは拒絶の色を示すか。そうした反応が返されていたならばまだデュオにも次のステップへ軽やかに足を進めることができたであろう。しかし彼は本当に、まったく、反応を示さなかったのだ。それこそデュオの告白など聞こえていなかったのかと疑ってしまうほどに、完璧な無反応。
だがデュオは、その態度に不満を覚えなかった。むしろヒイロの物言わぬ態度より、告白なんてものをした自分に関心が向いた。なに、おれ、ヒイロのことが好きだったの?
首を傾げつつ、再びシーツの波へと体を横たえらせる。船体の稼働音がどこからか微かに響いていた。それに耳を傾け、デュオは目を閉じる。ふと、胸の奥にほんのりと灯りが燈されているような感覚に気づいた。何かが物足りない気はしているが、それとは真逆な何かが満ち足りたような気分ですらある。
あぁ、そっか。溜息混じりに吐き出された声は、今度は自分に向けての本当のひとり言だった。気になることって、これだったのか。眼を開けたデュオはちょっとばかり困ったような表情を浮かべて、本気で困ったような声で呟いた。

「おれ、おまえのこと好きだったんだ……」

何を今さら、というように。ヒイロの視線がちらりと寄こされた。