おまえは大きくなったらどんな女性になりたいんだい。年上の兄はルルーシュに問うた。その腕は幼い妹を懐に抱きあげ、もう片方の手は濡れ羽色の髪を柔らかく梳いている。木漏れ日が静かに光を揺らし、風が香しい薔薇の香りを運ぶアリエスの離宮、その中庭。最初こそ兄に抱かれることに緊張したものの、時間がたつにつれてその居心地の良さに、(彼女としては不覚にも)まどろみかけていたルルーシュは、ぱちくりと眼を瞬いてシュナイゼルの顔を見上げた。
「母上のような、優しい人になりたいです」
「おまえは十分優しい子だよ」
「いいえ。もっとです。母上は、すごく優しいんです。それに、暖かいんです。兄上」
そうだね。それは私もよく知っている。シュナイゼルは頷いて微笑み、ルルーシュもつられて笑みを浮かべた。そう、自分は母のような、暖かな人になりたいのだ。
「でもね、ルルーシュ」
「はい」
「マリアンヌ様は、優しくて、暖かいだけの人ではないのだよ」
見上げるルルーシュに顔を寄せてシュナイゼルは囁いた。鼻と鼻がくっつきそうなほど近くに兄の顔が迫り、口元に吐息を掠める。髪を撫ででいた手が耳の下へと動き、ひっかくよう動いて頬へと滑る。くすぐったさにクスクスと笑いを漏らすとシュナイゼルもまた楽しそうな笑みを浮かべ、柔らかく細められた瞳にルルーシュはしばし見惚れた。彼女はきれいなものが好きだった。この離宮の庭と、最愛の母と妹と、時々訪れてくる姉や妹、この兄よりも歳の近い兄。それでも今目の前にある兄の瞳の色は数多いる兄弟のなかでも、飛びぬけて美しい色をしているとルルーシュは思っている。その思いのまま、兄上は、母上のようですねと言葉を漏らすと、どんな人なのだい私は?と兄は訊いた。
「とても、きれいです」
彼女の返答はシュナイゼルにとって、予想外の言葉だったのか。頬を撫ぜていた手をぴたりと止めて、今度は彼がぱちぱちと瞬きを繰り返し、顔をすいとルルーシュから離した。
気に障るようなことを言ってしまったのかと慌て、兄の腕から身を起こしたルルーシュは、その動きを制するようにぎゅっと腕を掴まれ、困惑して兄の見上げる。兄上?あにうえ、ごめんなさい、気を悪くしてしまいましたか?
ルルーシュ、君は。何かを言いかけたシュナイゼルは困った時に浮かべるような微笑でルルーシュに向きなおった。怒っているわけではないとルルーシュは判断する。でも、母上が悲しんでいる時に見た顔にちょっと似ている、とも思った。
「わたしが、きれいに思えるのかい」
「……とても、とてもきれいです」
「そうか……まいったな」
シュナイゼルはルルーシュの黒髪を撫でることを再開し、中途半端な体勢となってしまったルルーシュを抱きなおした。心持ち、さっきまでよりシュナイゼルとの密着度が増したような気がしたが、見上げた兄の顔はまいったと思っているような風情ではなくて、少しばかりいいことがあったように薄い唇が緩やかな孤を描いており、ぎゅっと抱きしめるように込められた力に彼女も抗うことはしなかった。膝の上に置いた手が心もとないかと思えば、その小さな手の上に兄の手が重ねられた。
「君はきっとマリアンヌ様のような、強く美しい人になるのだろうね」
はい。母上のような人になりたいですと控えめな笑みで答えたルルーシュに、楽しみだと囁いたシュナイゼルは彼女の額に柔らかく口付けを落とした。