怪我をすると嬉しそうな顔をするものだから、なんだこいつキモチワルイと思った。気味が悪いし気持が悪い。更に言うならむかつく奴だ。どう考えてもお友達にはなれない相手、ナンバーワン。なのに神羅は「君たち仲いいよね!」とか言うものだから折ったシャープペンは数知れない。おかげでペンケースの三分の二がシャープペンで埋まっていた。女のように色鮮やかにカラーペンを揃えているわけでもないのに、女生徒並みに大きなペンケースを持ち歩かねばならなかった。ちゃんと勉強しようとしていた頃は。今ではノートを取るなんてことをしないからシャープペンを使うことがなくなった。エコだエコ。
地球にやさしいのが一番だろう。けれど自分は地球に、というより街に優しい存在にはどうしたってなれないようで、今日もまた標識を引き抜いてしまった。青地に赤のライン。「止まれ」の標識と最近はすっかりお馴染みだ。折ったシャープペンの数とどちらが多いだろうか。
引き抜いたうえにあちこち折れた標識を抜いた場所へ戻していると、よくやるねー、と後ろからとてともなく耳障りな声が聞こえてきた。彼の乾いた笑い声は静雄の苛立ちを強調する。地面に突き刺した標識を再び引き抜きそうになり、奥歯を噛みしめて苛立ちを逃そうとする。
何の用だと問おうとして、やめた。どうせ聞く価値のある話だとは思えない。もともとまともに会話をしようと試みたことのない相手だが、最近では言葉を交わすことさえしなくなった。ずいぶん時間がかかったが、臨也には口で勝てないと学習したのだ。わざわざ自分の気分を害するようなことをする必要はない。
道端の隅に投げ出したままの薄っぺらな学生鞄を拾って歩きだす。後ろから臨也のついてくる気配がしたが、無視だ無視だ無視無視無視!と念仏のように胸中で繰り返す。既に無視できていないことに、静雄が気がつくのはいつのことか。
「今日も無傷?」
「てめえには関係ないだろ」
「そうだね、関係ないよ。シズちゃんが大怪我しようと殺されようと」
「てめぇ……」
「でも無傷なら関係ある」
「意味わかんねえよ」
「だって俺、シズちゃんに死んでほしいんだもの」
つい立ち止まってしまった。
「俺、不器用だからさ。シズちゃんを殺したいのに、無傷だと嬉しいみたいだ。めんどくさいよね」
振り返って見た臨也の表情はとてもじゃないが嬉しそうには見えなかった。泣きそうなのだろうかとも思ったが、それも違う。
「ほんとに、キモチワリーのな、おまえ」
手を伸ばして細い髪を掌で掬った。さらさらと指先から零れながら、目を伏せた表情が奇妙に静雄の気を惹いた。苛立ちはいつの間にか治まっている。このなんともいえない気持ちは今に始まったことではないのに、いつまでたっても慣れないらしい。めんどくさいのはお互い様のようだ。規則的に上下する肩に手を置いて、伏せた顔を上げさせる。少し身を乗り出し臨也を顔だけ覆い見下ろし、不器用なのはお前だけじゃねえと呟く。肌が重なる瞬間、漏れた息はひたすら重かった。