突き付けられたナイフを奪い取って逆に相手の首筋に突き付けた。壁際へと追いやり、形勢逆転だなとほくそ笑んだ静雄を見上げる臨也は一瞬驚いたような表情を見せたが、ひとつ瞬いた後にはいつもの笑みをその口元に浮かべていた。
「殺しなよ」
薄い唇が歪な笑みを描く。
「シズちゃんとは違って、俺はナイフで刺されれば簡単に死んじゃうんだよ。今がチャンスじゃない。ほら、ぶすっ、て」
左肩は押さえつけられている。自由な右腕で静雄の手を握り、このまま突き刺せとばかりに力を込めてくる。臨也の力では静雄の腕はぴくりとも動かなかったが、静雄の表情を変えるには十分だった。
「刺しなよ」
静雄が畜生と呟いた。なんだかとっても辛そうで、人によっては可哀想だと思えてしまうような声だった。静雄にとって不幸なのは、その声を聞いたのは折原臨也という少しどころかかなり変わった男で、その男は静雄を可哀想と思うどころか幸せ者だねシズちゃんと笑い飛ばしてしまうような人間だったことだ。
「首を切って血を被るのが嫌なら心臓を刺せばいい。ぐさって。あっという間だよ。人間って意外と硬いから深く刺すのにけっこー力がいるんだけど、シズちゃんの腕力なら関係ないしね。ほら、ね、何を躊躇ってるの、シズちゃん。ぐさって、刺しなよ」
首に突き刺せようとする力を振り払って腕を引いた。ついでにナイフも放す。刃先から落ちたナイフが地面に当たって耳障りな金属音を奏でたが、それを目で追うこともせずに臨也は「さいあく」と呟いた。
「そうやって結局は殺せないんだ。卑怯者」
俺はシズちゃんにいくらでもナイフを突き刺すことができるのに。
ひっそりした笑い声に、そのもどかしさに、窒息しそうだった。